【着付け】家紋と採寸についての研修
26回目 家紋と採寸についての研修
【持ち物】筆記用具
学んだこと
- 家紋についての講義
- 採寸についての講義
- 帯結び 蝶立矢の示範
家紋の起こりについて
平安時代:公家が権勢を誇示しようとしたことに遡る
戦国時代:武家が戦場で敵味方を区別するために使用
室町時代:大紋と呼ばれる大きく家の定紋を染め抜いた着物を身に付けるように
江戸時代:武家の大儀に用いられる公服に使われるようになる。今日の源流
寛永・元禄時代:役者や遊女。裕福な町人が使うように
紋の種類
染め抜き紋
きものの地に白く染め抜いた紋のこと。日向紋、陰紋、葉陰紋
縫い紋
刺繍で付ける紋
切りつけ紋
貼り付け紋とも。着物と同じ生地に染め抜いた紋を貼り付ける。
石持ち紋
あとから紋を描き入れられるようにしたもの
洒落紋
正式には用いられない。自分の好きなデザインで入れてOK!加賀紋、比翼紋、覗紋、崩し紋、伊達紋
紋のつけ方
五つ紋
背紋、袖紋、抱き紋すべてが染め抜き日向紋。留袖、振袖、喪服
三つ紋
背紋、袖紋。最近はあまりみない。訪問着や色無地
一つ紋
背紋だけ。訪問着や色無地、羽織に染め抜きの陰紋か縫い紋を用いる
家紋の種類
家紋の種類は数千、数万とも言われている。正確な数は不明。モチーフは、植物紋が最も多く、器物、動物、自然、建築、文字紋などがある。
【例】
十六菊:天皇家だけが使える。皇室のシンボル
抱き銀杏:前田家
五三桐:一般的。貸衣装ではほとんどこれ
橘:日蓮宗の紋
光琳梅:菅原道真
旭光:警察
菊水:楠木正成
瓶子:薬屋さんとかの紋
千木(ちぎ):神社の屋根の装飾のこと
武田菱:武田信玄
源氏香:源氏物語全54帖の内、桐壺と夢の浮橋の2帖を除く52帖の巻名が一つ一つの図に附されたもの
家紋その他
- 関西の方では、実家の母の紋を持っていく風習があった。
- 家紋については、家によって違うのでそれに従うのが良い。一般的なルールはない。
採寸について
昭和10年くらいまで普段着として着物は着られていた。昔は今みたいにきちんと測っていなかった。女並・男並という区分。男の方が2cmくらい長くなる寸法。普段着だったので袖なども短めだった。今着物は、お洒落着、お出かけ着としてのものになったので長くなった。礼装用になると2cm長めに作られている。
身丈=身長
着丈=首から下(長襦袢)
身丈と着丈の差=おはしょり分(約30cm)
大正時代までショーツを履いていなかったから腰紐は腰にした。ある事故をきっかけにショーツを履くようになった。今はショーツを履くので、腰紐はウエストで締める。腰で締めるとお手洗いの度に着崩れるし大変。
袖丈について
関東風は、49cm
関西風は、55~59cm
関東は正座したときに床につくかどうかの長さ。関西は、雅の世界から入っているので床に着く長さ。はんなり、優雅に見せるため。
最近は、49cmが多い。既製品などはほぼ49cm
比翼仕立て
比翼仕立ては着物二枚分の仕立て代がかかる。手間がかかる。
所感
- 合同授業でした。家紋は実際に先生たちが紋付の着物を着てきてくれて色々みれて面白かった。色留袖に三つ紋入れてしまうと着ていく場所がないから一つ紋にしているなど、色々話聞けてよかった。
- 実際の加賀紋見れたのも嬉しい。洒落紋気になるやってみたい
- 家紋とか考えると着物って本当「家」と切っても切り離せない関係だなと思った
- 採寸の知識ゼロだったから勉強になった。今まで誂えた時も、なにもわからなくて和裁士さんにおんぶに抱っこだったから...
- そして袖丈が関東風と関西風でこんな違うのかと吃驚。一応型があるんだということにも驚いた。長襦袢って着物の誂えに合わせて作らないといけないと思ってた。(袖丈って肝によってバラバラかと思ってた...)
- 練習に使ってた十三詣りのときの着物の長襦袢も袖丈長いって先生に言われてたのだけど、祖母の着物を着てみたらこれも袖丈長い。適当に家にあった長襦袢合わせたら全然丈が違う... 長めに作ってたのか関西風だったのか...謎(関西じゃないので)
- 今回の研修とは別で、自分で自装の練習したのだけど全然だめ。着ないと普通に着れるようにならないと自覚。そして、今度の免許授与式で着ようと思ってる訪問着の袖丈長くて合わせる長襦袢を見つけないと...十三詣りの時の襦袢が合えばいいのだけど。袋帯の二重太鼓難しすぎるし、着物の着方も下手だし練習しよ
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